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あっ、更新しなきゃ [Artikel]

こんばんは。このブログすごいんです!こんなに放置していたのに、moblogカテゴリーで常に8位!どーだ、すごいだろー。やっぱ良い記事を書くとアクセスが安定してあるんですよね。
だからって、こんなに放置していいのかというと、それはどうかと思うので、少しは書いてみることにしようと思います。でも特にネタがないんです。
今年に入ってからは、お出かけが少ないような。だからネタがないんだな。たまには徳島でも行ってみるか。徳島と言えば「ウェルかめ」、あ、ネタあった!でも勝之新結婚しちゃったから、もうおもしろくなくなっちゃたな。
そうそう、前に学生結婚とかどんどんするべき、とか書きましたっけか、だからすごく良いドラマだと思うんですよね。こんな感じで、ためらわずに生きていけたら、すごく良いと思うんですよ。それじゃ、またー。
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例え話は危険 [Artikel]

最近、政治家の失言が問題になることが多い。例え話で失敗した人も多いようである。特に病気や医療に関する言葉は使い方を誤ると人権にも関わってくるので注意が必要だ。

経済状況は重症だ、などと言うことがあるかも知れない。経済学でこのような例えを使うことが多いのは事実である。だが、この言葉でさえ、もうすでに危険な用法だ。

例を挙げると、私も失言したことになりかねないので、これ以上は挙げないが、政治家は例え話をするとき、特に用心するべきであろう。
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愛の受容について [Artikel]

と、なんだかもの凄いタイトルを付けてみました。言っておきますが、大したことは語りませんよ。

何せ、私自身に愛があるのかさっぱり分かりませんからね。でも、愛を一生懸命身に付けたいと思っているのです。

私、愛の実践はすべて医療だと思ってるんです。バスで老人に席を譲ったりすることも愛の実践であり、医療なのです。私の中ではですけど。

すべてが一繋がりなのです。しかし、大切なことは老人になぜ席を譲らなければならないかを考えることが重要なのです。最近はこれを考えない人が多い気がします。

さて、愛の実践の大切さはもう分かったと思います。もう一つ大切なことがあります。そう、それが愛の受容なのです。

愛の受容は、自分自身の問題です。社会じゃなくて自分自身の中にあるものなのです。

ありがとう。どういたしまして。の、どういたしましての方です。どう受け止めるか、まずは態度で示しましょう。ありがとう。サンキュー。深い礼。会釈。微笑み。あるいは喜びの涙。いろいろあるじゃないですか。

だから今、私はあなたに言いたいのです。

あなたの愛はちゃんと私に伝わっています。本当にありがとう。
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裁判員制度再考 [Artikel]

私たちは20歳になるまで、義務教育や基礎教育を受けてきました。その中には、人文科学、自然科学、社会科学などの学問を少なからず学んできたはずです。学問と言うと難しく聞こえますが、大人になるための準備を整えてきたはずです。
社会科学では、私たちの国の政治制度についても勉強しました。三権分立、その中に裁判制度があることを学びました。私たちの国は法治国家でありますから、法律によって、私たちの暮らしや安全に関することが決められています。その決まりを守らなかった人には罰を与えることにしましょうと決めました。そう決めたのは、一応、私たちの国の刑法が成立したときです。ずいぶん、昔のことだと思います。
20歳を過ぎた人たちは、これらの制度を知っています。つまり、裁判によって裁判官が決まりを守らなかった人に罰を与える決定をするということです。裁判官は私たちの代表であって、私たちそのものなのだということを思い出してください。そもそも、私たちは間接的であるにせよ、すでに裁判に参加してきているのです。
つまり、すでに私たちは人を裁いているのであり、裁判に参加しているのです。国民である以上そうなのです。ところが、今までは参加しているという感覚、意識があまりなかった。具体的に裁判を見てきたこともなかった。だから、他人事になってきてしまった。そういう部分を改善する目的、手段として、この度の裁判員制度ができたのではないかと思います。
しかし、この裁判員制度について戸惑いやおそれを持つ方もいらっしゃるだろうと思います。それもそのはずでして、私たちには猶予期間がなかった、準備期間と言いますか。数年前にこの制度を聞いて慌てふためいてしまった。ゆっくり考える時間がなかったんだと思います。でも、冷静に良く考えてみてください。今、生まれた子どもたちはこの準備期間が20年あるのです。20歳になるまでに、裁判員になるという意識を持つことができると思います。ちょうど、私たちに選挙権が与えられるときと同じようなものです。私たちは20歳になったとき、選挙権を持つことで慌てふためいたりしませんでした。それは、選挙権が得られるということを社会科の授業で何度も学んだのであり、その間に政治に参加するという意識を持つことができたからなんだと思います。
裁判員制度は、始め方としては少し雑なところがあったように感じますが、必要なものだと考えております。日本国民として生まれてきた以上、私たちは政治(選挙)、立法(選挙)、裁判(裁判員制度)に参加しなければならない、これは意外と当たり前のことであって、私たちはそれを忘れてきていたのかも知れません。
今、もう一歩、私たちがこの国のために踏み出すときが来ているのです。裁判員制度に参加するのも怖くて恐ろしいことですが、選挙も同じように怖くて恐ろしいものなのかも知れません。選挙も裁判員制度も、私たちの生命や暮らしをより良いものにするために私たちがしなくてはいけないことなのです。
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永遠の涙 Eternal Tears [Artikel]

人間らしく、自分らしく生きるということは一体どういうことなのだろうか。悲しい事件や事故を目の当たりにしたとき、私たちはどうすべきなのだろうか。

同僚が殺されたと言って、記者会見をしている人が涙を流していた。彼の流した涙は人間のあるべき姿を映し出していると思う。私にもそういう心があるのかいつも問い正す。

人間の悲しみや苦しみに、ちゃんと涙できているのか。心から亡き人を悼むことができているのか。

悲しい事件や事故が多いこの世の中で、私たちはいつも涙を流し続けていかなければならない。だから、私はこれからも涙を流す側の人間として生きていくことに決めました。

私はこれからずっと泣き続けて、死ぬまで泣き続けて、死んでからも泣き続けます。永遠の涙です。だけど、実際は涙の流れない日や笑っている日もあるでしょう。でもそのときは、どうやって泣くか、何に対して泣くか考えているときだと思います。

人間らしくということは、どれだけ相手の人間の立場に立って考え、生きていくかだ。
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私の保守主義 [Artikel]

最近、ある人に触発されまして、こういう記事も書いてみようかなと思って書きます。でも、最終的に言いたい事はいつも同じになるような気がします。

保守主義っていろいろあるけど、私はこんな感じって話です。私は何を保守したいのかというと、地域に残る神楽や御神輿とかの伝統文化、邦楽や日本文学、日本庭園、そして日本人独特のものの感じ方とかです。日本という言葉を使わなくても、関西弁とかね。他にもたくさんありますけど。

保守主義で外国人を排斥しようとする人たちもいるみたいですが、私は全然違います。むしろ、いろいろな人種が融合していって、国境もなくなっていけばいいなと思っています。そういう立場に立ったら、日本でも違う人種の人たちがたくさん住むようになりますよね。その人たちは、自分の国や地域から伝統文化を引っさげてくるんですね。アメリカで言うところのチャイナタウンみたいに。でも、一方でその人たちは、その地域の社会に入り、その地域の文化を尊重し生きているということになると思うんです。

だから、保守するとき、自分の生まれた地域で保守するのか、別の場所で保守するのかということは、結構重要なことのように思います。

これから日本に住もうという外国人に日本の文化で暮らしてもらうのか、それとも、その人が生まれた地域の文化で暮らしてもらうのか。難しい選択だと思います。

究極的に言えば、両方が最善だと思うんです。例えば、アメリカのチャイナタウンでは中国の文化を保持しつつ、アメリカの政治制度に従い選挙に参加したりしていると思います。また、外国の家庭で食事をするときにナイフとフォークを使ったり、その国の言語も使ったりしますよね。

この時に、私はナイフとフォークを使う必要もないし、その国の言葉で話す必要もないのか。それが保守なのかという問題にぶつかると思います。しかし、人との対立を避けるためには、様々な文化を許容する意外に手段はないということになるような気がします。

そうです。その外国の家庭の立場に立てば良いのです。この人は、私たちの文化を理解してくれているだろうか、といった恐怖を感じているかも知れませんし、特に合わせなくてもいいのにと思っているかも知れません。結局、私たちはいつもこうしているけど、あなたはどう?と聞くことが大切なのかなと思います。私なら、実はいつもは箸を使っていますけど、今日は特別なのでナイフとフォークを使いますと答えると思います。

私はこうするけど、あなたはそれでいい。相手の文化を理解し、許容しています。保守するということは、理解してもらうこと、そして理解することだと思います。理解と許し、要するに愛?なのかも。私はこうする、あなたはどう?

It's my style, what's your style?
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原油バブル崩壊 [Artikel]

OPECが原油減産を決定しました。どうですか、ガソリン価格、高いと思いませんか?高いと思う人が多いと思います。つまり、実質の価格より高く見積もられている可能性があるのです。原油市場で原油価格が過大評価されることにより、庶民の私たちには高いと感じられるのです。この過大評価されている状態が原油バブルです。先日、この原油バブルが崩壊しましてね、それで、一気に経済危機に突入した訳です。あ、やっぱり高かった…って我に返ったんですね。そこで、石油輸出国は利益を確保しようと思って、原油を減産する決定をした訳です。ところがこれにより、原油価格が高止まりして、私たち庶民の間で不安が高まり、景気に悪影響を与える可能性が出てきているのです。他にも不安定要素が渦巻いています。さぁ、どうしますか。原油が過大評価された理由ですが、いろいろあるみたいですが、そこまでは勉強しません。さようなら。
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兵隊さんがヘルパー [Artikel]

少子高齢化が進んでいる国では、高齢者を支える、医療・福祉分野がとても重要になってきます。特に、福祉分野の人材不足が問題になってきます。少子化なので、なり手がいないんですね。そこで、軍事費を削減して、この分野に費用を移すようにすれば良いというのが、私の持論です。非常に簡単ですが、反対派が多そうなので、もう少し現実的な案を出しますと、軍人が定期的にヘルパーの仕事に参加し、いざ有事と言う時にはそちらに行って頂ければという案です。つまり、兵隊さんがヘルパーをすればいいんじゃないのという案です。私が総理大臣だったらそうしますけどね。そんな事を母と議論していました。
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日本の教育 [Artikel]

日本の教育をどげんかせんといかんと思う今日この頃、皆様いかがお過ごしですか?私は今の日本の教育は問題が有り過ぎると思っています。とりあえず、私が提案する制度をまずご覧ください。


第一学校(エレメンタリー)6年 … 義務教育、現行の小学校に準じる

第二学校(ハイ)6年 … 義務教育、現行の中学校、高等学校に準じ、これを連結する

第三学校(カレッジ)2年、専門学校(プロフェッショナル)2年など … 現行の大学教養課程、短期大学、専門学校に準じる

第四学校(大学校、ユニバーシティ)4年、第五学校(法学校、ロー)(医学校、メディカル)4年など … 現行の大学専門課程と大学院前期課程(修士課程)に準じる。第五学校は現行の法科大学院または医学部医学科3年次以降に準じる。

大学院(グラジュエイト)2年など … 現行の大学院後期課程(博士課程)に準じる


まず、義務教育は第一学校と第二学校です。まとめますし、高校も義務にします。ただ、一つの学校に縛られるようにはしません。学校の移動や選択は柔軟に行うべきでしょう。必要なら、第一学校を前期と後期に、第二学校も前期と後期に3年ずつ分けてもよいでしょう。3年ごとに学校を選択させてもいいですね。ここまでは現行とそんなに変わらないと思います。第三学校への進学は統一試験(現行のセンター試験)の成績により決まります。この際、成績の良し悪しで決めるのではなく、最低点以上は全員合格させ、希望により学校を割り当てる方式で良いと思います。

第三学校では教養を学びます。義務教育ではありません。現在の大学では1、2年次に教養課程がありますね。これをやっていただきます。この2年間で自分の進路や将来の仕事や研究に対する考え方、方向性を見出させます。ですからここでは、私はこういう勉強をしたい、こういう仕事をしたい、という基盤を作るのです。第四学校、第五学校への進学には、選抜試験が行われます。現行の大学入試のような学科試験ではなく、原則として研究室(コース)単位での選抜が行われ、本人の希望、学習、研究に対する考え方を評価します。この際、第三学校進学統一試験の成績を使用しないことにします。卒業時に学士号を与えます。また、短期大学と専門学校を同制度に置き換え運営します。

第四学校、第五学校では専門教育を行います。この学校からは原則として、奨学金が全員に貸与され、仕事として、学習、研究を行います。卒業時に修士号を与えます。大学院は現在の博士課程に準じます。博士号ですね。


以上です。基本的には第三学校まで行って頂き、そこから就職することを目的にしています。第三学校は就職・進学予備校のようなものです。だから、皆短大卒みたいな感じです。第四学校を4年制にすることで、定員を減らし、奨学金を貸与し、研究水準の向上を図ります。第五学校は現在とさほど変わりませんが、選抜方法を大胆に見直すべきでしょう。
さて、大学の研究水準の向上には大学再編が必要です。第四学校、第五学校は定員を減らすのですから、現在の大学を大幅に改編する必要が出てきます。これが狙いです。人口100万人地域につき1学校くらいだと思います。例えば、中四国地方なら、第四学校を岡山、広島、愛媛に、法学校を広島、香川に、医学校を岡山、徳島に置きます。島根、鳥取、山口、高知は第三学校のみを運営してもらいます。私立大学は自由にやってもらいます。力がありそうなのは、川崎医科大学(医学校へ)や松山大学(第四学校へ)あたりでしょうか、あくまでも案ですからねー。

現在の日本の大学での教育、研究水準の低さは、こういった大学の集約がなされていないからだと思うんです。少子化も予想され、外国からの移民や移住が少ない国ですから、早急に何らかの改革が必要になると思うのですが、本当に大丈夫なのでしょうか。先行き不安です。まぁ、そう言うことで、今日はこれで終わりにします。さようなら。
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人間の住処 [Artikel]

人間はビルに住むべきだと私は思っている。ビルというのはアパートやマンションのことである。規制主義の国(下述)では、住居がビルであるということも結構あると思う。では何故、そう思うのかと言うと、キーワードは「エコ」ですね!
人間がビルに住むことが「エコ」に繋がると考えているからです。ただ、その場合人口密度などによっても違ってきますけど、日本では土地に対して人間が多すぎるので、重要なんです。
郊外の宅地を全部ビルにしたらどれだけ、土地が余りますか、そしてそこに緑の森を作ったらどうでしょう。田舎でもそうです、土地をむやみに開墾するのではなく、必要最低限にしてみてはどうでしょう。
規制主義という新しい言葉を使ってみましたが、昔の言葉で言えば、社会主義かあるいは保守主義のことです。社会主義と保守主義とは基本的に同じ面を持っています。税金をある程度多めに納めてもらい、より良い安定した政策を実現するということです。勝手にまとめて規制主義と言わせてもらいます。私は無論、規制主義者です(もちろん、保守の方)。
最近、郊外型の大型ショッピングセンターが増えていますけど、私はあれは結構「エコ」だと思っています。実際エコな活動もされています。中心商店街の方には悪いのですが、実に効率が良いのです。例えば、エアコンです。商店街なら各店舗にそれぞれ設置されますが、ショッピングモールなら、商店街よりは少なくて済むでしょう。トイレは決定的です。各店舗にあるよりは効率が良く、光熱費、水道代のことを考えれば、ショッピングモールが「エコ」なのは明らかではないでしょうか。私は、これは新しい時代に相応しいものだと考えています。意外なことかも知れませんが。
これに逆行しているのが、郊外の宅地だと思います。人間の欲望のままに増殖し続けています。日本は人口減少社会なので、こういった傾向は収まって行くと思いますが、中国など発展国のことも考えておかなくてはなりませんよね。

[追記 2008-10-11]

そうそう、アメリカで保守主義といった場合、自由主義のことを指すことが多いようなんですね。私は上記のとおり、規制主義者(⇔自由主義者)なので、意味が全然違ってくるんです。とは言え、保守といってもいろいろです。アメリカでも自由主義ではない保守を標榜する人もいます。また、保守=核兵器容認派みたいに捉えられたりもします。下記リンクにもある通り、そうではない保守の人もいますしね。もちろん、私は核兵器反対派ですよ。私は、民主主義、保守主義、平和主義の人です。

保守(Wikipedia)
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